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zoom RSS <ゲルボルトの決心は固い(上)>スヴェトラーナ・ソコロフスカヤ

<<   作成日時 : 2009/07/16 01:00   >>

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先月26日付の『ネフスキー・スポーツ』で、ゲルボルト自身がコーチ変更の経緯を語っています。このエピソードを先に読んでいただくと、ソコロフスカヤコーチの言っていることがより良くわかると思います。
(一部抜粋訳です↓)


両親はコーチを変えることに最初から反対でした。
スヴェトラーナ・ウラジミロヴナのことも全く知りませんでした。
ある日のこと、両親はダーチャで終末を過ごすために出かけました。
私はモスクワ行きのチケットを買いました。
ママとパパが日曜日の晩に帰ってくると、私がいなくなっていました。
パパが電話をかけてきました。

 父:どこにいるんだい?
 私:モスクワよ。
 父:(怒って)モスクワだって?頭がおかしくなったのか?
   朝からトレーニングがあるのに!
 私:トレーニングには行かなくていいの。
   ミーシンコーチとはお別れしたから。




スヴェトラーナ・ソコロフスカヤ
ゲルボルトは自分の人生とキャリアの何かを変えようと
固く心に決めていた。私にはそれがすぐにわかった。



 この夏、フィギュアスケーターのカタリナ・ゲルボルトは、ペテルブルクのアレクセイ&タチヤナ・ミーシンのグループを離れ、モスクワにあるCSKA(軍中央スポーツクラブ)のスヴェトラーナ・ソコロフスカヤコーチの元へ移るという決断をした。移籍の詳しい事情と、カタリナとのトレーニングの第一印象について、ソコロフスカヤが『オールスポーツ』スポーツ情報局通信員に語ってくれた。


 ― スヴェトラーナ・ウラジミロヴナ、どんな経緯でカタリナ・ゲルボルトと仕事をすることになったのですか?

 カタリナは、自分の人生とキャリアの何かを変えようと、固く決意していました。私にはそれがすぐにわかったので、コーチを引き受けることに決めました。彼女の仕事(スケート)に対する想いは、私自身のそれよりも遥かに強く、これは本当に価値のあることです。
 カーチャを自分のグループに引き取ろうと最終的に決めたとき、私はすぐにゲルボルトの前のコーチ、タチヤナ・ニコラエヴナ・ミーシナに電話をしました。私はタチヤナ・ミーシナ/アレクセイ・ミーシン夫妻をとても尊敬していますし、彼らが私を恨んでいないということはよく分かっています。というのは、これはカーチャが個人的に決めたことだったからです。私の聞いている限りでは、ご両親でさえ彼女が私のところへ来たことを知らなかったようです。選択が済んだのですから、仕事をするべきです。

 ― ゲルボルトと一緒に仕事をして、第一印象はどうでしたか?

 カーチャは、明確な目的意識を持っていて、とても能率的です。勤勉で、熱心で、私が与えた課題を最高レベルでこなす能力を持っています。ですから、私たちは共同の、興味深い、そして間違いなく実りのある仕事ができます。リンクに出るとき、カーチャは全員の毛布を回収してまわるんですよ。それで他のメンバーも釣られてリンクへ出るんです。


 (つづく)


2009年7月15日




<原文>
http://www.allsportinfo.ru/archive.php?id=29577&s_s=106&s_d=15&s_m=7&s_y=2009&b=0&l=40
<6/26号ネフスキー・スポーツ>
http://www.nevasport.ru/articles.php?id=17701


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ヨーロッパ選手権のときは鼻骨骨折をしながらも、気丈に演じ切り、きれいな顔をしてるのにすごい根性の持ち主だと感じました。
この記事を見てもその気性が伺えて、非常に興味深く拝見しました。
レオノワちゃんとは違うタイプのスケーターですが、彼女に相当ライバル意識を持っているはず。
水をあけられた分、ぜひ頑張って追いついてほしいです。
ぷる子
2009/07/16 11:32
ぷる子さん
ユーロのときは、骨折じゃなくて蓄膿だったみたいですよ。膿を流すためのチューブを挿入する必要があったと、ミーシンコーチ(当時)がインタビューで話してました。スピンの時はかなり苦しかったらしいです。本当にものすごい根性!
それから、その時ミーシン教授は、「カタリナは一年後に花開く」とも語っていたので、今年の彼女の活躍にはすごく期待しています!
eco
2009/07/16 20:28

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