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zoom RSS タラソワ<氷は滑る(1)>

<<   作成日時 : 2014/01/04 17:17   >>

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遅ればせながら明けましておめでとうございます!あと1ヵ月でソチ五輪なんて信じられない感じですが、本年もどうぞよろしくお願いいたします!
さて、今年はずっと気になっていたタラソワコーチのロングインタビューから。グランプリ・ファイナルの翌週、ロシア1チャンネルの対談番組に出演されていました。対談相手はパリ生まれ、アメリカ/ドイツ育ちの著名なジャーナリスト、ウラジーミル・ポズネル氏(79歳)。
よく分からない部分もありますし、分量的にも完訳は厳しいと思いますが、全体像はなんとか掴んで頂けるように頑張ってみます。お気づきの点があれば何なりとご指摘を!



2013年12月16日
ロシア1チャンネル『ポズネル』


タチヤナ・タラソワ
氷は滑る…



 ソビエト連邦功労コーチ(フィギュアスケート)のタチヤナ・タラソワが、ウラジーミル・ポズネルの質問に答えた。


 ロシアのフィギュアスケートはこの4年間で大きく変化したと、ソ連邦功労コーチのタチヤナ・タラソワは確信している。テレビ番組『ポズネル』で、「今はバンクーバーのときと比べてまったく違う状況。今週グランプリ・ファイナルが終わったけれど、ロシアのジュニアはみんな勝った。新しいコーチが現れ、新しい可能性が現れた」と答えた。

 それと同時に、ソチ五輪で我が国のフィギュアスケート選手たちがどう活躍するかについては、予測を一切拒んだ。「氷は滑る。常に勝利を目指して進むとはいっても、試合前に予想することは概して困難です」

 タチヤナ・タラソワは間違いなくソチ五輪へ行くこと、そして、ロシアの選手を応援するだけでなく試合のコメンテーターを務めることを語った。「生中継の仕事が大好きなのよ」

 また功労コーチは、「自分の学校をつくれるぐらいに子どもたちやコーチを育てる」ことがもしできていたなら、もっともっとロシアのフィギュアスケートのお役に立つことができたのにと、悲しげに自らの考えを話した。「サポートを望む代表チームの選手やコーチたちの手助けをしているけれど、私には行くべき仕事場がどこにもない。私の知っている道はひとつ、リンクへと向かう道。そういう人生。ところが、そのリンクが私には無い。これまでも無かったし、恐らくこの先も無いでしょう」

 ジャッジとして出演している1チャンネルのショー番組『アイス・エイジ』についても語った。特に、なぜ出演者たちに非常に高い得点をつけるのか?という質問に対しては「まったくスケートのできなかったアーティストたちがショーへやって来た。そんな彼らが今やっていることは、6.0に値するもの。一方、選手たちの方はというと、俳優として傑出した仕事をしているとは言えない」と答えた。

 タチヤナ・タラソワ曰く、『アイス・アイジ』に大本命はいない。「今のところ誰がいちばん良いと言うことはできない。私の中では4組ともに最高得点。これをどうするか、思いがけない答えを出す可能性を自分の中に取ってあるの」と話した。

*****

インタビューのフルテキスト

ウラジーミル・ポズネル:『ポズネル』の時間です。今回のゲストは、傑出したコーチで、歴史上誰よりも多くの世界チャンピオンと五輪チャンピオンを育てた、タチヤナ・アナトリエヴナ・タラソワです。こんばんは。

タチヤナ・タラソワ:こんにちは、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ。

ポズネル:こんにちは、タチヤナ・アナトリエヴナ。まず視聴者の皆さまに申し上げたいのは、私たち二人は長年の知り合いで、普段は「トゥイ(君)」で呼び合っているということです。

タラソワ:ええ、トゥイですね。でも、テレビでは…お好きなように。

ポズネル:テレビでは「ヴィ(あなた)」で行きましょう。

タラソワ:(※よく分からないので1文飛ばします)

ポズネル:わかりました。基本的にピアニストは撃たないでくださいね、彼は最善を尽くしているのですから(※1)。私が初めてあなたのお父様にお会いしたのは1950年頃で、当時ЦДК(※現在のCSKA)でプレーしていて、チームとともにドイツへやって来たときでした。私はその頃ドイツに住んでいましたから。まだ細身のアナトーリ・タラソフを見た最初です。もちろん、ずっと後になって何度もお会いしましたが。つい数日前、ヴャチェスラフ・フェチソフ(※元ソ連代表の著名なホッケー選手)と会って、お父様がまたとない人物で唯一無二のコーチだったことを思い返したのですが、フェチソフはそれを知っていて…

タラソワ:仰るとおりです。私は誰よりもよく知っています。

ポズネル:ええ、もちろんです。イギリスの百科事典に「タラソフ:ソ連を国際試合における支配的な勢力として確立した、ロシアアイスホッケーの父」と書かれていますが、その通りですね。一般に、“才能は偉人の子のもとでは休息する”ものですが、あなたはこれを覆しました。それでもやはり、あなたはこの傑出したコーチの影で育ったわけです。そこでお尋ねしたいのですが、それは大変なことでしたか?つまり、そういう影があって、何とかそこから抜け出す必要があると感じていましたか?

タラソワ:私は父の隣で育ちました。影で育ったわけではないのです。なぜなら、父は誰とも比べられないからです。本当です。彼のような人は滅多に生まれないからです。身を捧げて生き、どこへ行くべきかを知っていて、何をするべきか、10年、15年、20年先どうなるかを知っているような人はね。そして私は…どうだったかしら?名誉を汚さないようにするだけでした。当時、私には何の野心もありませんでした。19歳のときでした。玄関を開けて、目の前に人生が広がっていたら、まっしぐらに進まなければならないでしょ。スケートはできませんでした(※怪我のため19歳で現役引退)。父は「行きなさい」と言いました。

ポズネル:しかし、タラソワという苗字だと、みんながお父様と比べて「ふん、当り前じゃないか」と言うだろうとは思いませんでしたか?

タラソワ:いいえ。私は1日目から恐ろしく ― 恐ろしくですよ、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ! ― 夢中になったんです、父が駆り立ててくれた仕事にね。未だかつてないことでした。父は『プラウダ』紙で、「若い女の子に代表チームの仕事が任されている。こんなけしからぬことがフィギュアスケート部で行われている」と書いたぐらいです。もしかすると、多くの人が私に対してそういう態度だったかもしれません。でも私は結果を出していましたし、この仕事は中止されてはいません。


 (つづく)




※1:«не стреляйте в пианиста ― он играет, как умеет»
オスカー・ワイルドのImpressions of America(1882年)の一節。"Please do not shoot the pianist. He is doing his best (ピアニストを撃たないでください。最善を尽くしているのですから。)"当時、酒場でしばしば撃ち合いが起こったため、ピアニストの横にこのような看板が掲げられていたという。




<原文>
http://www.1tv.ru/sprojects_edition/si5756/fi27900


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