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zoom RSS タラソワ<氷は滑る(2)>

<<   作成日時 : 2014/01/04 17:18   >>

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ミーシンコーチも最初の著作5万部が発禁処分→パルプにされるという経験をされていますし(http://akoako.at.webry.info/200902/article_6.html)、ブレジネフの圧力試合とか、ソ連時代を生き抜いた人たちの体験は壮絶ですね…




ポズネル:なるほど。つまり、あなたのお父様は文句なしにナンバーワンのコーチです。お父様は56歳で年金生活へ追いやられました。ソ連邦功労コーチの称号を剥奪され、後に返還されましたが。全体として、控えめに言っても残酷な扱いをされました。

タラソワ:言葉では言い表せません。

ポズネル:しかもそれは、63年から71年までの約10年にわたり、ソ連代表チームのアルカジー・チェルニショフの指揮のもと、例外なくすべての国際タイトルを完全に勝ち取ったにも関わらずの扱いでした。未だかつて無い実績でした。誰も近づくことさえできなかった記録です。そのタラソフ氏がなぜこのように酷い扱いをされたのか説明して頂くことはできますか?そして、お父様自身はどのように耐え忍ばれたのでしょうか?

タラソワ:私にどんな説明ができるかしら?私たちはそういう国に住んでいたのです。みなさんの隣にもそういう人が、すごい人物が住んでいるでしょ。あれは私にとって最初の、そして父にとって最後のオリンピックでした。72年の札幌です(※札幌五輪で金メダル獲得後、タラソフ氏は解任された)。母はすぐに「トーリャ(※アナトーリの愛称)、何か買いましょう、ダーチャか何かを買いましょう」と言い出しました。両親はダーチャを買いました。48か46uの小さな家で、スラーヴァ(※ヴャチェスラフの愛称)・フェチソフが出た後でした。父はそこで何とか…自分のエネルギーを葬らなくてはいけなかったんですよ。もし私ならどうなっていたか分からないぐらい…私もほとんど取りあげられてしまったけれど、それでも父ほどではなかった。父にとってそれは悲劇そのもので、アイスホッケー全体にとっての悲劇でした。なぜなら、そのあと幾世代もの選手を育てられなかったからです。

ポズネル:でも、なぜお父様がそのような扱いを受けたのか、あなたには分かっていますか?

タラソワ:なぜなら、父は従順ではない性格で、契約で縛れない性格だったからです。非常に多くを知っていたからです。書き手よりもうまく書いたからです。話し手よりもうまく話したからです。自分の分野のことなら本当に何でもできる人でした。父はこれを隣の分野から取り入れたのですよ。イーゴリ・アレクサンドロヴィチ・モイセーエフ(※モイセーエフ記念ロシア国立アカデミー民族舞踊アンサンブルの創始者)を見て、このホッケーチームを思いついたのです。モイセーエフのもとでは各人がかけがえなく、各人が個々であるのに、全員が一緒になると無敵です。ホッケー選手の各フェイントもそこから生まれました。そういうふうに頭が働き、そういうふうに脳髄が働くんです。これは学習できるものではありません。

ポズネル:タラソフコーチがチームをリンクから引き上げたことがありましたね。完全にフェアだったゴールがカウントされなかったという理由で。

タラソワ:その試合は母と観に行っていました。

ポズネル:あれはCSKA対スパルタクの試合でした。レオニード・イリイチ・ブレジネフがスパルタクを応援しており、その彼がスタジアムに来ていた。そして、スパルタクが勝つべきだと話したという噂によって起こったことでした。お父様は我慢できずチームを引き上げました。この行為により、実際のところ、数カ月間功労コーチの称号を剥奪されました。

タラソワ:ええ、よく覚えています。そのとおりでした。チームはその場を去りました。父はロッカールームにいたんです。国防大臣からの電話でようやく父は動き、チームを引き戻しました。父は闘う人間でしたから。「自分は戦闘服を持ち歩いている」と言っていたように。

ポズネル:つまり命令として。

タラソワ:父はリンクへ出て行きました。チームを引きつれて。でも30分以上出さなかったのです。それはアクションでした。今では恐ろしいことですが、そのときは…

ポズネル:お母様と見ていたのですよね。どんなふうに?

タラソワ:私と母はそれを見ていました。恐怖です!悪夢です!まるで爆破されたように泣きました。母は何かをするためにすぐ家へ駆け戻っていきました。父がすでにチームを連れて戻って来たときです。そのとき分かりましたからね…そして、私の方は女友だちとその場に残りました。そのあと楽屋裏へ潜り込んで、父と一緒に車まで歩きました。

ポズネル:お母様はこのことについて何か自分の意見を仰いましたか?

タラソワ:そもそも家族で意見を言うようなことはありませんでした。コーチの仕事とは、常に考えなければならない仕事です。だから、トレーニングで喋って、トレーニングの準備をして、毎回のトレーニングの準備をするでしょ。1日2回トレーニングがあって、4回のときもあれば、6回のときもあるでしょ。4回はしょっちゅうで、だいたいいつも4回ね。そうなれば、残りの時間はずっと黙ってるでしょ。家に帰るとすぐにあらゆる音のスイッチを入れるわけ。なぜなら考える必要があるからです。毎回のトレーニングに計画を持って行くのですからね。


 (つづく)

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