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zoom RSS ソツコワ<メドベージェワに勝つことも不可能じゃない(上)>

<<   作成日時 : 2017/01/03 23:46   >>

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一見ぽわんとしていて気が弱そうにも見えるのに、実はとんでもなく芯の強い女の子のようです。宮本賢二先生がいま振付してみたい選手がこのソツコワということで(「KENJIの部屋」年末スペシャル「AKIKO'S ROOM」より)、ぜひ実現してほしいと思います!



2017年1月2日
エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ

マリヤ・ソツコワ

メドベージェワに勝つこと?スポーツで不可能なことは何もない


鋼の性質というものはときおり、すぐには見分けられないように梱包されているものだ。好きな色はピンク、好きなプログラムは「ジュリエット」。繊細で不安げな外見でありながら、どんなに緊迫した競争にも耐え、そこから悦びを得る能力。これらはすべてマリヤ・ソツコワのこと。ユース五輪の銀メダリストにして、シニア・グランプリのファイナリスト。12月からはロシアナショナルチームの正メンバーだ。


 ― マーシャ(※マリヤの愛称)、あなたを見ていると、自分が何を望んでいるのかをとても明確に理解している人だという印象を受けます。

 そのとおりです。私はかなり早いうちに自分で決めていました。いちどフィギュアスケートに取り組んだからには、そこから最大限に質の高い結果を得られるよう仕事を成し遂げなければいけないと。そうでなければ、本格的なスポーツに時間を費やす意味はないように思います。

 ― そういうことをあなたの年齢ぐらいの選手に説明するのは、たいていもっと一人前の大人たちですよね。コーチとか、両親とか。

 最初にそのことを説明してくれたのはママでした。その頃は学校であまりうまく行っていなくて、あまり成績が良くなくて、それでママに言われたんです。もしスポーツと学校を両立できないなら、単純にスポーツをやめる必要があると。いちばん愚かなのは両方とも中途半端にやり続けることだと。ママはいつも私が良い教育を受けることを望んでいました。

 ― それは分かっていました。あなたがもう1年以上、学校の授業と並行して英語の勉強にも真剣に取り組んでいるという記事を読んだときに。プロフェッショナル・スポーツというものが登場してきたのは、人生のどの時点ですか?

 スケートリンクに連れてこられたのは3歳半のときでしたが、それはただ、家にこもって太った怠けっ子にならないようにするためでした。

 ― つまり、将来そのようなことになるのではないかと、ご両親はその時すでに危惧を覚えていたと?

 はい。あなたもよくご存じのはずです。学校で勉強するだけで他には何もしていない子どもに、どれほど多くの自由時間があるかを。ママは、私が無分別なことばかりして時間を無駄にしはじめるのが単にイヤだったのだと思います。だから私にスポーツをさせることにしたのでしょう。私が何かに真剣に取り組むように。

 ― あなたはとても若くして、ラファエル・アルトゥニアンの元でトレーニングするためにアメリカへ行きました。それだけですでにあなたのキャリアは規格外です。この決定をしたのはご両親ですか?それともスヴェトラーナ・パノワコーチですか?そもそもこのアイデアはどうやって出てきたのですか?

 まだパノワコーチの元で滑っていた頃、ヴェーラ・アナトリエヴナ・アルトゥニアンとナジェジダ・カナエワと一緒に何年かプログラムづくりをしていました。二人ともラファエル・ウラジーミロヴィチ(・アルトゥニアン)コーチのチームメンバーです。そして、ある時カナエワは、モスクワへ来て私にフリープログラムを作ることができない状況になってしまいました。まさにその時、アメリカ行きは私にとってあらゆる点で役に立つだろうと、みんなで一緒に決めたんです。新しいトレーニング経験になるし、大急ぎでプログラムづくりをしなくて済むのはとても良い機会だと。ただ、メンタル面では簡単なものではありませんでした。それまで家を空けるのは合宿のときだけで、すぐそばにコーチや、同じリンクで何年も一緒に練習してきた選手や、その両親たちがいました。それが今度は、いわば地球の反対側への一人旅です。知り合いも誰もいません。

 ― それでも、楽しかったのですね?

 とても。アメリカのホストファミリーの元に滞在したのですが、朝から晩まであらゆる面倒を見てくれて、私がホームシックにならないようにしてくれました。英語を話して、理解されて、周りが話していることを自分で理解する機会を持てたのがとても良かったです。そういうわけで、私がアメリカで過ごした1か月間は、おとぎ話のように過ぎていきました。

 ― トレーニングだけでなく、勉強のためにもアメリカに残りたいとは思いませんでしたか?

 そういう思いもありました。モスクワへ帰るときに泣いてしまったぐらい。その時、自分はきっともう一度、いいえ一度ならず戻って来くるだろうと分かりました。でも永久にじゃありません、それは確かです。

 ― ぶしつけな質問ですが、誰がその旅費を支払ったのですか?

 私が自分で、賞金から出しました。1か月のアメリカ滞在には十分でした。


 (つづく)




<原文>
http://www.sport-express.ru/figure-skating/reviews/mariya-sotskova-obygrat-medvedevu-nichego-nevozmozhnogo-v-sporte-net-1082752/


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