― あなたのオリンピック金メダルへの道は長く、柔らかく言ってもまったく簡単なものではありませんでしたから、なおさらですね。
はい、長い道のりでした。とても…ウラジーミル・プーチン大統領にソチのチャンピオンになると約束した12歳のときからです。
― そのお話も後で必ずしましょう。でも、お母さんに初めてフィギュアスケートクラブへ連れて行かれたときのことから説明を始める方が正しいのでは?それは、もしインターネットの情報が正しいなら、あなたが4歳のときでした。
いいえ!そのときは大きな大会で優勝するなんてことは考えてもいませんでした。
― でもスポーツ一家に生まれ育ちましたよね?
最近、自分と自分の親類に関する伝説を読むんです。その中のひとつは、私のママは本格的にアクロバット体操に取り組んでいたけれど、怪我をしてスポーツを諦めたかのような話になっています。実際にはママは試合でいちども優勝していなくて、高い等級(※1)すら持っていません。マスターじゃないし、マスター候補でもないし…子どもの頃クラブに通っていて、アマチュアレベルで練習していたというのが事実。それ以外のことは作り話です。
― でも、あなたが7カ月で生まれて、1200グラムしかなかったというのは本当でよね?
その話がなぜかテレビの生番組で報道されて、国中に一気にニュースが広まりました。そのことで私が大満足したとは言えないわ…私が7カ月で1200グラムで生まれたことは、その後の人生に何も影響しなかったのだから尚のことです。健康で丈夫な子どもに成長しました。それに、フィギュアスケートに行き始めたのは鍛えるためとか、例えばチャンピオンになるためとかじゃありません。面白そうだったからです。
7歳でCSKAの学校へ移るよう勧められたとき、最初のコーチのアンナ・エフゲニエヴナ・パトリケーエワや、ホームリンクから離れるのがすごく嫌でした。できる限り反抗しました。それまではビリュレヴォの『ユージニー』で滑っていて、何もかも気に入ってたんです。楽しい仲間、友だち、知ってる子たち…本格的にスポーツの道でやっていくなんて全然考えていませんでした。でも、ママはやっぱりCSKAへ行ってこようと私を説得して、ヴォドレゾワコーチに見せました。エレーナ・ゲルマノヴナは私を気に入って、自分のグループに入れたんです。
初めの何年かは自分に高い目標を置かなかったけれど、12歳でシニアのロシア選手権を制したとき、何か大きなものがほしいと感じたんです。もしあのときカザンで優勝していなかったら、もう競技をやめていたかもしれません。わからないけど。
― その金メダルに賞金はありましたか?
3万ルーブル(※1ルーブル=約3円)です。自分で稼いだ最初のお金でした。子どもにとってはものすごい金額!ぜんぶ両親に渡しました。正しく分配されるようにね。そうじゃなかったら嬉しくて使い果たしていたかも。すぐにあれもこれも欲しくなって…パパが、「こういうことには祝杯をあげないと」と言いました。それで私たちはスーパーへ食料品を買いに行きました。冷蔵庫が空っぽで…私はケーキを選びました。甘いものが大好きなんです、めったに食べられないけれど。
しばらくしてCSKAから奨学金が出るようになったので、貯金し始めました。
― 何のために?
ええっと、人生のためです。いろんな目的があるものでしょ。
― アデリナ、私はあなたの妹さんが障害児だということを知っています。この話をするのはお好きじゃないと思いますが、でも、話す意味はあるのでは?あなたがこの世でどんな生活をしているのか、人々が理解するために…
同情を買おうとしたり、ましてや妹の病気を利用したことは一度もありません。これは私たちの家庭の悲劇で…マーシャは私より2つ年下です。彼女が生まれたとき、赤ちゃんに健康問題があることは両親にすぐには知らされませんでした。3カ月の間ママはマーシャを見せてもらえず、いろんな理由や口実をつけられました。ママが産院をさまよい歩いて、よその病室をのぞき込んで、自分の子どもを探していたという話は今でも涙なしには聞けません。
ママに娘を諦めさせる準備が徐々に進められていました…あまり激しい反応をしないように鎮静剤を与えられて、注射を打たれました。すると看護員の女性が口を滑らせたんです。「まさか知らされていないの?あなたの娘さんは障害児ですよ…」
それでやっとマーシャが連れてこられて、ママはパパにすべてを話しました。家族会議を開いた両親は、娘を諦めないとすぐに決めました。お医者さんたちからは絶え間なくプレッシャーをかけられて、人生を損ねることなく娘を産院に置いて行くよう一斉に説得されたんですけど。「あなた方にはすでに健康な娘さんがいるのだから、赤ちゃんのことは少し考えなさい。何のためにこの奇形の子を?いずれにしても余命いくばくもないのだから。もしなんとか助かるとしても治療は高額で、効果があるかどうか…」と。
でも、ママとパパは迷いませんでした。どうやって自分の子ども捨てられるの?私はそんなこと納得できません。アーダ(※アデリナの愛称)おばあちゃんもそのときこう言ったんです。「オーリャ、もしお前が赤ちゃんを引き取らないなら、私が自分で引き取って育てるよ」って。
― そのお婆さまからアデリナという名前をもらったのですか?
そうです。ただ、おばあちゃんはパスポートに間違えてアダリナと書かれてしまって、それでママが間違いを直そうと決めて…
― なるほど。マーシャの話に戻りましょう。
医学用語では『トリーチャー・コリンズ症候群』といいます。詳しく知りたい人はインターネットで見ることができます。聴覚、言語、顔の骨に問題があって、骨の一部がまさに欠けていて…最初はその画像を見るが怖かったです。恐ろしい病気で!マーシカの診断はすぐに下りなくて、良い専門家を探すことになりました。専門家たちからは、「手術が必要で、一度では済まないかも。手術は国外でやっている」と言われました。そして、出さなければいけないお金の額を告げられました。天文学的でとても用意できない額を!両親はそんなお金は集められないと分かって…それでマーシャを手術するという案を諦めることにしました。少なくとも、しばらくの間は。
(つづく)
※1:国が定めるスポーツ等級。ソ連とロシアとでは少し違うようですが、功労スポーツマスター、スポーツマスター、スポーツマスター候補、第一級・第二級・第三級スポーツ選手、第一級・第二級・第三級ジュニアスポーツ選手…のような等級があるようです。きちんと調べたわけではないので、なんとなくの参考までに。
<自習メモ>
на ра'достях 祝いに
обмы'ть まわりを洗う/(俗)祝って飲む
белый свет この世
давить на жалость:пытаться вызвать жалость
проговори'ться うっかり口を滑らす
укладываться в голове' 納得できる、腑に落ちる
поставить диа'гноз 診断を下す
вы’ложить деньги 金を出す
この記事へのコメント
ブラック
ソトニコワ選手は、非常に魅力的ですね。
賢く自分のビジョンを明確にもっている。
とても強い印象ですが、女性らしいやわらかさも兼ね備えている。
驚いたのがロシアの障がい児の扱いです。
親の意向が無視されているようでちょっと怖いですね。
eco
コメントありがとうございます。翻訳がちっとも進まなくてすみません。
ソトニコワはもともと魅力的な選手でしたが、五輪女王になってさらにぐっと魅力的になったと感じています。これからがとても楽しみです!
この病院の対応がロシアでは普通なのかどうなのかは分かりませんが、日本とはちょっと違うようですね…
なり
マーシャの生まれた1998年?頃ってソ連崩壊から続く混乱に加えてロシアの経済が最悪となった時期で、普通の人でも生きていくのが大変だったのではなかったでしょうか?
そんななかで政府や自治体からの手当も望めず高額の治療費が必要な障害児を引き渡すというのは、病院側としても現実的な対応を検討せざるを得なかったと思うのですが・・・
それにしてもソトニコワの家族の団結力は凄いですね。今はマーシャも元気そうだし何よりです。
eco
ほんとにそうですね、ちょうどロシアが大変だった頃ですもんね、医師たちもむしろ好意でそういう判断をした可能性もありますよね…そういう角度では私も考えていませんでした。どうもありがとうございます!
ソトニコワ家のパワーは素晴らしいですよね。マーシャもしっかりと自分の人生を歩んでいるようで、本当に何よりです。
yuccalina
拙ブログでこちらの(2)と次の(3)のエントリーをトラックバックさせて頂こうと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。
eco
ようこそお越しくださいました。お返事が遅くなりすみません。
アデリナ選手、今のところもうしばらく現役を続けてくれるようですが、例えどんな選択をしたとしても強く、朗らかに、豊かな人生を歩んで行くように感じます。本当にチャーミングな人ですね。
yuccalina
http://notarinotariyoga.blog.fc2.com/blog-entry-962.html
eco
すみません、トラックバックとは何なのか実はわかってなくて…いま「公開」してみましたがこれでいいんですよね??
お手間をおかけいたしました<(__)>