ミーシン<リプニツカヤは新時代を開いた>

文中に出てくるライサのツイートの原文は「Plushenko having rough practice. 4T looks 👍 3axel giving him trouble. Have never seen him fall so much. Worried bout his back. Careful Plush (https://twitter.com/EvanLysacek/status/433509923310567424)」だと思うのですが、これってちょっと意地の悪い書き方なんでしょうか?英語のニュアンスが分からなくて…
それはさておき、この記者さんはとても良い話を引き出してくれたと思います。グッジョブ。



2014年2月13日
イネッサ・ラスカゾワ

アレクセイ・ミーシン
リプニツカヤは新時代を開いた


 私はアレクセイ・ミーシンにユーリャ(※ユリア・リプニツカヤ)のことをすごく聞いてみたかった。プルシェンコの練習後にインタビューの約束をとりつけた。ジェーニャは4-3-3のコンビネーションジャンプを跳んだが、そのあと何度か転倒していた。彼の練習をミッシェル・クワンとエヴァンライサチェクが見守っていた。ライサチェクはツイッターに意地悪く走り書きした。「ジェーニャ、気をつけて!君のことがとても心配だ。君がこんなに転倒した記憶はないよ」

 クワンがジェーニャの方へやって来た。プルシェンコはTシャツをめくり上げ、自分の腰のまだ癒えていない傷あとを彼女に見せた。ミッシェルは手で顔を覆い、目をそむけた…ミーシンは私たちの会話に集中しにくそうだったが、自らの考えをまとめてくれた。


 ― アレクセイ・ニコラエヴィチ、エレーナ・ヴォドレゾワ(※1)やタラ・リピンスキーといった他の有名な神童たちの中にあって、ユーリャの占める位置をどのようにご覧になっていますか。

 ヴォドレゾワもリピンスキーも傑出したフィギュアスケーターだった。しかし、彼女たちは作曲家が書いた音楽を踊り、振付師が振り付けた動きをリンクの上でやっていた。一方、ユーリャは彼女自身を踊っている。彼女のスケートを見るとき、我々はわざとらしいものをひとつも見出さない。私にはニコライ・トグノフという著名な振付師がいたが、彼はこんなことを言っていた。「良い振付師は動きを発明する」と。リプニツカヤには発明されたものがひとつもない。それに、彼女には振付も無いように感じられる。実際には、彼女の内側に振付が存在している。ここに相違点がある。

 ― ジェーニャは彼女にこう言いましたね。「僕たちはみんな君に学ぶべきだ」と。リプニツカヤに何を学ぶ必要があるのでしょうか。

 その意味でユーリャはジェーニャは想起させる。彼と同じように、彼女はフィギュアスケートの新しいページを開いている。何世代かのフィギュアスケーターが、ロシア人も外国人も、ジェーニャ・プルシェンコに学んだのと同じように、今度はユーリャ・リプニツカヤに学ぶだろう。

 リプニツカヤは初等読本になるだろう。スケーターたちはそれに沿って初歩的なことも、高難度のことも体得していく。

 ― その新しい本のページには何が書かれているのですか。

 振付師が用意した音楽ではなく、自分の内側で鳴っている音楽を滑りなさいと。

 ― 彼女の滑りは子どもの滑りだと言われています。この意見に賛成ですか、それとも異議を唱えますか。

 彼女の滑りは、彼女が今ある年齢に相応のものだ。彼女の描くイメージには正確で、理にかなった調和が見られる。大人の女性用のプログラムを無理に滑らせたりすれば、それはナンセンスになってしまう。60歳のベテランのバレリーナが舞台で『ジゼル』を踊るようなナンセンスだ。

 ― そう仰いますが、リプニツカヤにはとても難しいプログラムが用意されました。『愛はまごころ』と『シンドラーのリスト』ですよ。

 こういう場合、基準となるのはたったひとつ。彼女が自分のプログラムで何を感じ、どう感じているかということだけだ。彼女の演技後、観客は総立ちになった。これは、たったひとつのことを意味し得る。彼女がすべてを正しく感じているということだ。

 ― ユーリャは、今や皆の知るところとなったように、乗り馴らされていない馬に乗ったり、牛の乳を搾ることができます。もし彼女がまっさらの白紙だったとしたら、このような強い印象を呼び起すことはなかったのでは。ちがいますか。

 並外れたフィギュアスケーターが、月並みな生活やありふれた人生の中にいることは決してない。例えば、私のエフゲーニーは、ゴルフとサッカーの優れたプレーヤーであり、射撃の名手であり、腕のいい釣り人だ。それでも彼はテレビの何がしかのきちんとしたショーで独創的な司会ができるし、パロディー作者としての豊かな才能があって…

 ユーリャの話に戻れば、あなたには見えるだろうか…そう、アクセルやその他どのジャンプをとっても正確に実施しているだけではないのだ。人類がエディット・ピアフの時代、ベルモンドとマストロヤンニ(※共に往年の映画俳優)やソフィア・ローレンの時代を通ってきたように、フィギュアスケート界で10年にわたって時代の皇帝であり、シンボルだったのはエフゲーニー・プルシェンコだ。ソチオリンピックではユーリャ・リプニツカヤという小さな女の子が、ロシアにとって、また全世界にとってそのようなシンボル的人物となった。ジェーニャは彼女に旗竿を渡したのだ…



※1:ソトニコワ選手とコフトゥン選手のコーチ。結婚後の姓はブイアノワ。’83世界選手権でソ連女子初のメダルを獲得。12歳でインスブルック五輪出場。3回転を含む連続ジャンプを女子で初めて成功させる。(詳しくはhttp://akoako.at.webry.info/200907/article_10.html



<原文>
http://www.sovsport.ru/gazeta/article-item/684476

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