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zoom RSS <プログラム作りは深淵に飛び込むようなもの(3)>エフゲニー・プラトフ

<<   作成日時 : 2011/05/26 03:25   >>

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そのサーペンタインの録画は非公開なのでしょうか…興味津津。



プラトフのテクニックで

 ― ジョンとシネイドは観衆からいつも熱狂的に愛されてきましたが、ジャッジはいつも彼らの点数をけちりました。あなたにとって大事なのは、やはりメダルという結果の方でしょうか。それとも、選手たちがあなたと共に練習しながら感じる喜びや満足感の方が大事でしょうか。

 喜びは、素敵だし、素晴らしいし、気持ちの良いものです!しかし、私たちがやっているのは、やはりスポーツです。ジャッジがシネイドとジョンを受け入れなかったとか、愛さなかったとは言えません。私が二人を教え始めた最初の頃、とにかく動きのラインと正確さがずいぶん不足していたのです。二人はすでに出来上った選手で、このごちゃごちゃしたものを直すのにほぼ3年かかりました。彼女たちがほとんど自力で世界選手権のトップ10まで行ったことをご存知でしたか?二人にはジョアン・スレイターというコーチがいました。私たちは親しみを込めて彼女を“おばあちゃん”と呼んでいました。もう70歳を超えています。いいですか、人間は大人の年齢になると、何か新しい息吹が必要で、振付師をつけなくてはなりません。彼らはそれをしなかったのです。その上、ジョアンはウェールズに住んでいて、シネイドとジョンの方はスコットランドにいました。車で5〜6時間かかります。二人は2〜3日やって来て、コーチに修正してもらい、また家へ帰って行きました。そして1〜2週間自分たちで練習するのです。それを両親が全部(ビデオ)カメラにおさめていました。そんなふうにトレーニングしていたのです。

 やがて彼らはこのやり方が機能していないことに気づき、そこでイギリスの連盟が、シネイドとジョンと仕事をしないかというオファーを持ってやって来ました。私は喜んで同意しました。ところで、イギリスの連盟に協力してセミナーへ出かけた時、ジョアンに二人はどこにいるのかと尋ねてみたのですが、彼女は知らなかったんです。私たちにはそういうことはあり得ません。私は今でも、彼女たちがどこで何をしているかを知っています。コーチは自分の選手のことをすべて知っていて、それでいて彼らに自由を与えなくてはいけないのです。

 ― シネイドとジョンの演技を見ることは、本当にもうないのでしょうか。

 ショーではもちろん滑りますよ。ただ、シネイドは大きなけがをしてしまい、手術を受けました。経過はとても良好で、彼女の肩はちゃんと動くようになっています。7月に最初のショーがあったはずですよ。日本でやるようです。

 ― 二人のプログラム作りを今後も手助けするご予定はありますか。

 必要になればね。彼らは自由な芸術家になるでしょう。ジョンの方も私を助けてくれています。シネイドが怪我をしたときは、彼にテクニカル・スペシャリストの任務についてもらいました。紙を渡して、トレーニング中に起きていることを全部見ておいてほしいと頼みました。

 私たちのリンクは素敵な環境ですよ。スケーター全員がアルバイトをしているのですから。オタルとペニーもですよ。小さい子どもたちにプログラムを作っているんです。生徒が自分でコーチ役をやってみるというのはとても大切なことです。ソ連時代にはこういうことはありませんでした。せいぜい時々助け合うぐらいでね。今はすっかり様子が変わって、生徒たちも夢中になっていますよ。コーチであることがどれほど大変かを理解しています。教えるというのは、本当に難しい!ときどき生徒をぶん殴ってやりたくなりますが、そんな素振りを見せることはできません。ただ微笑んでいなくてはね。


 (中略:彼の元生徒で、ウクライナのパーベル・ヒミッチという選手の話題)


 ―アイスダンサーだけではなく、シングル選手のトレーニングも手掛けられていましたね。

 フランスのブライアン・ジュベールと仕事をしました。日本のダイスケ・タカハシも私のテクニックで滑っています。彼は、私がちょうどタチアナ・タラソワと一緒に仕事をしていたときに、彼女のもとでトレーニングをしていました。ある時タチアナ・アナトリエヴナから、何か彼が真似(再現)できないようなことを氷の上でやって見せて欲しいと言われました。そこで私は自分をひけらかし始めました。それを見てタカハシがステップをやり始めました。サーペンタインでした。昨日のことのように覚えていますよ。ぜんぶ撮影してあります。彼は、スタートして、転びました。そして起き上がって、滑って、また転びました。3回転びましたが、そのステップを全部、止まることなくやったのです。私はその時タチアナ・アナトリエヴナにこう言いました。もしタカハシが4回転を跳べば、世界チャンピオンになるだろうと。彼は言われたことを全部やります。何のためにやるのかと聞いたり、疲れたと愚痴を言ったりせずにね。彼は機械のようです。モスクワの世界選手権では、ネジ回しを忘れたことだけが残念です。

 ― いろんなことが起こりますね…

 まったくです。あれは1995年の世界選手権のときでしたが、練習中に靴のかかとが両方いっぺんに取れてしまうということがありました。翌日の朝はフリーダンスというタイミングでした。滑っていて、なぜパ(※パ・ド・ドゥのパ。ステップ)ができないのか、なぜあちこちへゆらゆら揺れるのか分からなくてね。調べてみると…片方のかかとはすっかり剥がれていて、もう片方はなんとか持ちこたえているという状態だったわけです。そのとき私を救ってくれたのが、ジョン・チョルナーでした。彼のことは生涯忘れません。イギリス人でした。彼は私の靴を持って修理してもらいに出かけましたが、その日は土曜日で、どの店も閉まっていました。そこで彼はぜんまいのようなものと、長いネジと、ボルトを見つけてきました。靴の内側から穴をあけて、靴を突き通す感じでネジを締めてもらったんです(※この一文の訳はあやしいです)。試合が始まる1時間半前に会場に到着しても、彼はまだ来ていなくてね。その時は、滑ることができない運命なのだと思いましたよ。私たちはそのシーズン、怪我のせいでまるまる試合に出ていませんでしたから。ちょうどカナダのテッサ・バーチュー/スコット・モイア組のように、世界選手権がシーズン最初で唯一の試合だったんです。でも、出番の30分前になって、ジョンが汗だくになって走りこんできました。彼自身が震えていてね。彼のおかげで私たちは出場できたんですよ。

 (つづく)

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